【歴史解説】MONONOFU物語(おすすめch紹介)

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【歴史解説】戦国・足軽物語!これは悲惨すぎる!!【MONONOFU物語】

【歴史解説】戦国・足軽物語!これは悲惨すぎる!!【MONONOFU物語】  (c) 【歴史解説】MONONOFU物語

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戦国時代、村では略奪を防ぐ為に予め武将に纏まった金を渡し、”この村から略奪してはならない” と書かれた書状を貰い村の入り口に立て掛けて略奪を防いだそうです。書状には “もし一銭でも取ったなら斬首する” と有り、これが一銭切りということです。

いやー、面白い!自分、タイムスクープハンター観てて、歴史に名を残す人物よりも、いわゆる日の当たらない庶民や身分の人達、つまり民俗学の方にとても強い興味があります。まさに自分のツボにハマる内容でした😊

基本的には、食料は現地調達することも多いので、農繁期に責めて食料を現地調達するのが大事だったという認識。

軍隊における後方支援の重要性が理解しやすい動画。

江戸時代の足軽は藩によって違います。加賀藩・彦根藩の足軽屋敷は戸建てで、座敷・客間・庭付きです。しかし、大多数の足軽は庶民と変わらない家に住んでました。昔も今も大手企業と中小企業の格差を感じます。医療に関してはローマ帝国軍の方が優れてますね。ローマでは上下差別なく治療を受けられました。

足軽という身分について、食うや食わずの最下級兵という描写もあれば、小者や下人を従える一応の武士だったという話もあって、時代や地域によってずいぶんと異なりますね。

説明が聞きやすい動画でした🥳

全く違いますな。大名は収穫期に領地を奪い、乱取りを百姓と足軽に行わせていました。当時は安定した食料を農業では確保出来なかったので、他の土地と物資を奪うのが主な仕事なんです。

足軽とは、戦場で装備や役割に対して付いた名前であり、時代や地域によって誰が足軽になったか違うのではないか?と思います。

父方の先祖も母方の祖父の先祖も平安末期から軍役衆の名主だったので、その名残で戦後まで代々、農業と軍人やってました。足軽用のお貸し具足もたくさんありましたがどれもぼろぼろで二束三文でしたが笑徳川幕府の役職もやってしたが、戊辰戦争で鳥羽伏見、会津、までは参加しましたがその後、「これはダメだ」と悟って親戚や地元の友人らと逃げ帰ったそうです。お陰で今、私が居ます笑なので、長男以外はごみは農家では名主に言える話ですねー。

土佐の「一両具足」は平時は「農民」で戦時は「士分」であり「足軽」ではありません、足軽は別にいました、司馬遼太郎の「人斬り以蔵」では坂本龍馬が一両具足の家で、岡田以蔵が足軽の家だそうです。

この動画作るとき、調査が大変だったろうなあって、思いました😃

わっかりやすいな

足軽=応仁の乱においては、かなり重要なポジションでしたよね🤔現代で言う強盗兼放火魔的(とにかく金目の物を盗って、敵兵が来たら戦わずにして撤退する。その際に火を放って跡形もなく消し去ると言いますか。)

チャンネル登録をさせていただいて、本当によかったです。勉強になりまくりです。

足軽と聞いて『るーみっくわーるど』や『アシガール』を連想させてイメージしておりました。世界観が…変わりました。視点を外して戦国時代を見直すきっかけとなりました。悲惨すぎて…いつの時代も、上と下の待遇は天と地の差なんですね…

足軽の略奪と言っても、百姓もやられっぱなしてこともない。略奪するのも命懸け。

同心は不浄役人と呼ばれてましたねしかし 商人や大名家からの付け届けもあり実入りは良かったとか

亡くなった母が島津の足軽がご先祖様って言ってましたが、足軽は恥ずかしいって思っていました。

刀傷に小便は理解出来なくも無いが。傷口を洗い流す為には飲料水を使えはしないし、そこらの水より体内から出たばかりの小便は余程細菌感染の恐れが無いし。

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【歴史解説】戦国・最強の剣豪5選!向かう所敵なし!!【MONONOFU物語】

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わかりやすく聡明説明勉強なりました、ありがとう

家康が柳生家を召し抱えたのも忍(密偵)としての力量を見込んでの側面もあったが、後に宗矩が秀忠の剣術指南役を務めて、家光の代に大名に出世したことを考えると剣の腕無くして成せることではなかったと思う。

この時代、戦場で活躍したかったら刀よりも槍の技量が物をいうので槍が強かった剣豪というのは、本当に戦場で活躍したんだろうなと思う。

戦国時代から300年。幕末に起こった戊辰戦争で活躍した会津藩・佐川官兵衛。その勇猛ぶりは鳥羽伏見の戦いで薩長を震え上がらせ「鬼官」と呼ばれた剣豪。会津戦争敗戦の後、警視庁に入り、西南戦争では官軍として賊軍・会津の汚名を雪ぐべく奮戦。しかし、熊本にて戦死。

武蔵は剣豪と言うよりはケンカが強かったと見てます、150cmが平均だった時代に180も身長が有れば、長い刀持てるしパワーもあるから2刀流が出来た(他の人は真似できない)、切ると言うより力で叩き潰すイメージでしょう、又色々戦い勝った相手は無名な武芸者ばかりだったとも、吉岡一門の時も前の日から待ち伏せしてたりケンカで勝った

なかなか味わい深いナレーションですね。良い意味でめっちゃ耳に残ります。

今の世の中デジタル化で楽しいことはいっぱいで今の時代に産まれて良かったと思うけど、やっぱ当時こんな凄まじい人を近くで見てた人達が羨ましい

更新ありがとうございます!自分の歴史の知識はこのチャンネルで得ています笑

足利義輝と北畠具教も剣豪枠に入れてもいいんじゃないかと

天外魔境で、主人公のジライヤが名だたる剣豪に秘剣を教わるイベントが。ボクデン→クリティカルムサシ→クリティカルx2ジュウベエ→割合シュウサク→体力が残り少ないほど一撃必殺

伊藤一刀斎と丸目蔵人と林崎甚助も入れて欲しかったなあ。

私は某大学で書道の講師をしている者ですそれぞれの人物を想像しながら話しを聞いていました何の世界でも最終的に【道具を操る技量と心の余裕】であると考えています宮本武蔵には必死さが伝わりますが、塚原卜伝には心の余裕が感じられましたもし両者が剣を交えたら、卜伝が敗れる要素がないように思うよって…私は塚原卜伝いち押しです

上泉信綱の孫と言われている上泉泰綱は長谷堂城合戦で戦死しましたが、泰綱の娘に志駄義秀が婿入りし上泉秀富と名乗り、子孫は米沢藩士になりました。

名を挙げるために果し合いが多くなって、型稽古だけだった古流から、より実戦的になった戦国時代だから、多くの伝説的な剣豪が現れたんでしょうね。江戸時代に入ると、また型稽古になって他流試合を禁止するようになって、再び剣豪が続出するのが、動乱の幕末になるのも繰り返しの現象ですよね(´・ω・`)

吉岡道場が潰れたのは、一門の吉岡重賢が禁裏内で刃傷事件を起こしたことが理由だから、武蔵一切関係ないのに……

剣豪の話しは面白いですよね、小説や史伝で読みました。武蔵が兵庫助とは戦おうとはしなかった、勢源の弟子の小次郎は巌流島では70歳だったとか、音無の構えの高柳とか、面白いエピソード一杯!!

宮本武蔵が無敗なのは自分より強い相手とは戦わなかった説もあるらしいね

実際は強い相手は避けていたんだろうな。

ぜひとも加えて欲しい人に林崎甚助という抜刀術の開祖とも言える人、せひともおしえて欲しいものです。宜しく

個人的には塚原卜伝・上泉信綱が双璧で伊藤一刀斎・松本備前守・富田勢源・柳生石舟斎が四天王かなぁ…?宮本武蔵は吉川英治補正が強すぎて何とも…伝わる逸話も五輪書に自分で書いた事だけなので黒に近いグレーって所ですかね。

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【歴史解説】戦国時代・驚愕の風習や習慣 8選! 現代では信じられない所行の数々!?【MONONOFU物語】

【歴史解説】戦国時代・驚愕の風習や習慣 8選! 現代では信じられない所行の数々!?【MONONOFU物語】  (c) 【歴史解説】MONONOFU物語

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いつも御視聴ありがとうございます!御蔭様でチャンネル登録、2万人の皆様にご登録を頂きました!!これも普段からご視聴、コメントを下さる皆様の御蔭です!!本当にありがとうございます。最近、コメントの返信をお休みしておりまして申し訳ございません!あるご視聴者様から「自分だけ、コメント、ハートマークが付かなくて寂しいです!」と頂きました!それを見た時は、不公平だなと思いコメントの返信をお休みしております。しかし必ず頂いた皆様のコメントは丁寧に拝見しておりますのでこれからもコメントでチャンネルを盛り上がて頂ければ幸いです。たまにランダムという条件でコメントさせて頂きますね!!これからもお役に立ち、ワクワク出来る面白い動画を配信して参りますのでこれからも何卒MONONOFU物語を宜しくお願い致します!新チャンネル、せかいのきてれつも概要欄にリンクを貼っておきますので、こちらの方も宜しくお願い致します!!!

戦国時代の生活や活躍合戦の時のけがや排泄や現実的な事もつい見落としがちなことを、教えて頂き、とても為になりました。ありがとうございます。

面白いですね!学校では決して教えてくれない風俗や習慣、とても興味深いです。

2万人おめでとうございます!!これからも応援し続けます!

今でも価値観って10年ぐらいで変わってしまいますからね。歴史を語るには今の価値観と当時の価値観、両面で見る事が大切ですね。

面白かったです、勉強になりました

中国の三国志でも、呼ぶときは役職名で呼んでますね。日本の会社でも昔は全部役職と氏でした。戦争前に砦の前で相手を罵倒するシーンが多く出てきました。悪口言って相手を興奮させ、言い勝つことで自軍の士気を高めた

ほんといい声してますね…聞いてて飽きないです笑

内容もさることながら、ナレーションの声が素敵すぎです。

謎のイケボ癒されつつ学べて素晴らしいです。

正面から軽く攻撃して拘束しておいて、左備や右備の横から突撃して突き崩せば良いわけだ。

いや~勉強になります🤔🤔🤔ちょっとした戦国時代の裏側をみた感じですね😃

こちらも面白く拝見いたしました。

茶の湯で正座をしたのは、茶室が狭かったからです。参加者ができるだけ茶室に入れるよう、空間を確保する座り方が正座です。それをいつ「正座」として正式な座り方としたのかは不明ですが……おそらく明治のころではないかと推測されます。

素晴らしいチャンネルです。

明智光秀は織田信長を「 宰相」や「上様 」と呼びましたが信長は光秀を「日向 」や「 十兵衛」でも「光秀 」もありです、家臣の諱を呼ぶ事はありましたが少し無礼になるので怒ったら諱を、普段は官職位階で呼びました当然信長は父親ゆ母親からは「 三郎」と仮名で呼ばれます

日本🗾人は 繊細でコツコツと✨🥳

榊原康政の罵詈雑言に切れる秀吉おもろ

2倍速で見るのがちょうどいい

算数そろばん読み書き国民レベル世界一識字だけじゃない。火縄銃世界一数と性能と作る職人技も。戦国武士団の戦闘力教養つよさ世界一。

【歴史解説】凄絶な死を遂げた戦国武将たち5選!!【MONONOFU物語】

【歴史解説】凄絶な死を遂げた戦国武将たち5選!!【MONONOFU物語】  (c) 【歴史解説】MONONOFU物語

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主君のため壮絶に散って逝った武将はたくさんいますよね。高天神城での援軍も来ず、降伏も許されず最後は敵陣に突撃して散った岡部元信や、負け戦さとわかっていながら親友のために命を散らした大谷吉継も心を打つ話で好きですね。

なかなか見ごたえのある内容でした。みんな死ぬ運命にあることがわかっていながら立ち向かったのですね。次回も期待しています!

長篠城の籠城戦の折に武田軍に捕まった鳥居強右衛門が磔台から「援軍は来る!」と叫ばなければ長篠城は落城していたかもしれず「長篠の戦い」も無かったかもしれない。「援軍は来る!」という忠義の一言で奥平家の一足軽に過ぎなかった強右衛門は 死して歴史に名を残した。

チャンネルの伝えたい内容と、それをする為には必要な用語の読みに対する理解の度合いに大きなギャップが有りすぎる・・・

伏見城攻撃の際に、徳川家に加勢する為にやって来た島津義弘は、鳥居元忠に入城を拒まれて、仕方なく豊臣家に付くしかなかったらしいですね🤔なんでも、鳥居元忠に豊臣家に味方していると疑われた島津義弘は、城に入れてもらえず、このままだと石田三成ら西軍にも攻められてしまうから西軍に味方するしかなかったと云われています😅

高橋紹運がいなければ島津が九州を統一豊臣が来るの間に合わなかったから高橋はすごいっすよね他にも鬼庭左月も伊達輝宗?の弔い合戦の時に政宗を逃がすために自らが縦になったからいいっすよねかっこいい

織田軍が上杉軍を攻めた魚津城の戦いで、籠城の末に自決した上杉軍の13人の将が「手柄となる首を持ち帰っても身元が分からないままではさぞ不便でしょう。」ということで耳に穴を開けて、そこにヒモを通して自分の名前を書いた木札を吊るしたうえで自決したという逸話が好きですね。

関が原での島津の退き口(島津の撤退戦)も敵を唖然とさせたのではないでしょうか。少数部隊が踏みとどまり全滅を繰り返しながら、時間をかせぎ義弘を逃がす戦法は壮絶すぎます。犠牲となった甥の豊久の槍跡のついた鎧にも驚きました。戦後島津征伐がもしあったなら、最後の一兵までも戦うというデモンストレーションとしては、十分でした。

面白かった。登録!高評価!これからも頑張って下さい。

今後も面白い動画上げて下さい😃

どれだけ獅子奮迅の活躍をしても、負けて死んでしまえば歴史に埋もれてしまいがちな武将に、鎮魂の光。いい企画だと思います^^ 昌豊の壮絶な活躍は、項羽の最後の戦いそのままですね(´・ω・`)

内藤昌秀を出してくれて有難いです。山県以外でも赤武者はいますが彼もそうらしいです。武田は強すぎて袋叩きになった所があります。弱い、小さい家が案外明治まで続いている気がしました。

殿のトップは最も勇敢で最も信頼できる者に託すと言われてますが、なるほどですね。

やっぱ高橋紹運だなぁ。。自刃した時はその亡骸に伊集院、島津は涙を流して「名将を殺してしまった。本当に申し訳ない。って」泣き崩れたくらい

鬼庭左月を演じたのは確かいかりや長介さんだった(独眼竜政宗)。73で獅子奮迅して最期に斃れる。心の中で「ダメだこりや」と呟いたのかもしれない。

鳥居氏の【伏見城の戦】は立場で感じ方が変わりますね…まぁ…「歴史を語るのは勝者の特権」ですけど…あと、このような【殿を自ら勤めた忠臣】の壮絶な最期を視ると、生き延びた秀吉って…そっか…そりゃ天下とるよね…と思う…

ここに名前の上がる武将に比べれば、身分は低いけど、長篠合戦前の奥平氏の家臣、鳥居強右衛門もかっこいい。自らの命を賭して、味方に援軍の報を伝えた。

みな男気がありすぎ。尊敬するわ。

石田三成が1日で落とせると言った伏見城は鳥居元忠の奮戦で18日持ったそうです

伏見城の戦いは鳥居元忠が島津の受け入れを拒否していなければ、どうだったのでしょうね

【歴史解説】この世の地獄絵図…大飢饉~ 史上最悪だった天明の大飢饉とは【MONONOFU物語】

【歴史解説】この世の地獄絵図…大飢饉~ 史上最悪だった天明の大飢饉とは【MONONOFU物語】  (c) 【歴史解説】MONONOFU物語

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これを見ると、飢饉という危機的状況を乗り越えて農業の技術等を進歩させた、先人には感謝に尽きますね。

天明の大飢饉(1782~87年),フランス革命(1789年)、ロンドン・テムズ川冬季氷結が常態化等々、この時代は地球規模で気候が寒冷化していた時期なので歴史的な事件が多発している。昨今温暖化対策だとかカーボンニュートラルだとかやってる事が的外れに思えて仕方がない。本当に深刻問題は確実に再来する寒冷期の食糧危機だと思う。

歴史上の有名人ではないけどこのような大変な時代を幾度となく乗り切った自分の先祖に感謝です。

当たり前だった事が当たり前ではなくなるように誰も想像しなかった事が起こりうる時代だからな食糧自給率の低さや国際競争力の低下を考えるとこの先どんな要因で食糧難が起こっても不思議はない飽食の時代だからこそ飢饉の教訓を思い出すべきだな本来の歴史教育の意義とはそこにあるのだから

5万人達成おめでとうございます。飢饉について沢山勉強出来ました。

事前に準備した藩だけが餓死者を免れたんですね。酒井忠徳の素晴らしい藩運営は初めて知りました。とても面白かったです。

地獄絵図や歴史で何となく飢饉のことは知ってましたが、この動画は勉強になり考えさせられました。

開けて恵まれた所よりも、地理的条件の厳しい所の方が創意工夫が積み重なってより良い政策を打っている良い例と見受けられました。つくづく政治の最大の課題はリスク管理ではないかと思います。

とても分かりやすく解説していただき ありがとうございました。現在 日本の食料需給率は 40%切りましたね。コロナ禍で外国から食料を運ぶ貨物船が少なくなっていますので大丈夫かと心配しています。

現代風にいうと、公務員と民間人の考え方の差でしょうか。どちらが正しいとは思いませんが、時代の変化に柔軟に対応できるかどうかがとても重要だと思います。

仙台藩の失敗も荘内藩の成功も、いずれも商人出身者による財政政策によるところで、対比の効いた上手い構成ですね~。万一の備えを軽んじて目先の儲けを求めた仙台藩の失敗は、現在の日本の経済安全保障に通じるところもあり、歴史物特有の温故知新の良い動画でした。

賢者は歴史で学び愚者は体験でしか学ばないという言葉があるが、前例がないことに対しては最悪の事態を想定して行動することが大事だと動画を見て強く思った。米ばかりではなく寒冷地に適用できるジャガイモを作れば飢饉を回避できたかもしれませんね

現在の政治家に見てもらいたいですね

山形県米沢藩主、庄内藩主は素晴らしい藩主だったのですね。誇らしいです。

サツマイモを普及させた人々のバトンリレーの特集もお願いします(井戸正明)(下見 吉十郎)(伊奈忠逵)・青木昆陽・徳川吉宗

便利になり、ないものがない、ないなら作るのが容易になった現代。でも生きる術の知恵は、何もなかった時代の方が豊富にある、ということですね。この貴重な歴史の数々を残す意味がよく理解できました。車やスマホ、24時間開いてるコンビニ、スーパー、現代の便利なものに依存してると何か有事が起きたら、あっという間に餓死者が出るという教訓の話でした。

結論。有能な指導者の下の人民は幸福だと言う事。目先の利益を求める指導者の下の人民は不幸だと言う事。

食料を外国に依存した国は亡びるというけど、大丈夫なのか今の日本・・・・

二宮尊徳も小田原藩だけでなく、他の藩の財政建て直しも協力し、苗字帯刀を許されましたね。苗字は、もともと持っていたかもしれませんが。

女性版の史実も見たい

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